第98回  人格

第98回  人格

はいはいみなさんこんにちは。

さて先日、勉強ができる子の育て方について原稿を書いたんじゃがある偉い人に「はかせの原稿には“勉強”についてのことがどこにも書いてありませんが・・??」と不思議に思われたぞよ。

フォッフォフォ。

そうなんじゃよ。

どんな子を育てるにも何を教えるにもまずは『人格』あってこそのこと。

生まれつき持っとるような顕著に高度な知的能力や並外れた成果を出せる程の突出した才能を求めんだら皆『なんでもやればできる』し『利口な子』になるし、もちろん『勉強のできる子』になる。

自分でなんでもやる子になるぞよ。

例えば勉強について。

勉強はどんなにおもしろく工夫してあっても勉強は勉強。

遊びに勝れるはずも同格になれるはずもない。

そこを支えるのが人格。

どの子も「やればできる」のに「やらないからできない」そう。

自らやる子を育てなければいけない。

①やるべきことをやる責任感。

責任感だけだとしんどくなってしまうがそれを支える為に

②大事な人(親等)に喜んでもらいたいと思う愛情
③将来、未来を見据え合理的に判断する思考
④多くの知識を得たいと欲する向上心
⑤ここぞというときにはやりたいことを我慢して地味なことでもコツコツ努力する忍耐力。

この人格を構成する5つのエネルギーをそれぞれ満タンにしておくことが自己効力感(“自分なら対処できる”といった自分の可能性の確信)と内発動機(信念や価値観、感情など内から湧いてくる、行動への原動力)につながり、自ら勉強をする子になる。

イギリスのことわざに『馬を水辺に連れて行くことはできても水を飲ませることはできない』とあるようにどんなに機会を与えてもどんな優秀な指導者をつけても本人にその気がなければそのチャンスをつかむことはできん。

なにかを習得させたいと思うなら知識を詰めたり練習を積ませたりする前に人格育ては絶対条件。

年齢と気質、発達具合や環境を理解したうえでその子その子への関わり方やしつけの方法を変えながらするのが人格育ての最も効果的な方法。

お片付け一つにしても自分でボチボチできる子には“気長に待つ”が必要じゃし、自分一人ではなにから手をつけていいかわからん子には“一緒に”が必要とそれぞれじゃが嫌な顔をみせつけ心理操作しようとせんことは大前提じゃなぁ。

人格を育てる子育てはこどもがこどもらしく幸せなこども時代を過ごせ、幸せに生きられる未来の切符を持たせてやることが本来の目的。

『勉強を自分でやる子』『手がかからない子』は意図して目指しとるもんではないが必然的に手に入る。

ガミガミヤイヤイ言えば互いに嫌な気持ちになるが人格育ては“みんな気持ちのいい”が手に入るぞよ。

試しておくれなぁ。