第30回  兄弟げんか(2)

第30回  兄弟げんか(2)

ぬほほほほ。

さて、ココロン博士流の続きじゃ。

みなさんはこどもが兄弟喧嘩をしておるとき、どんな対応をしとるかの?

兄弟喧嘩はなんぼでも起こる。

そのほとんどが些細なこと。

じゃが子どもらは真剣で互いに言い分もあるじゃろう。

それはこどもが自力で解決する知恵をつける大切な訓練の場。

ときには理不尽でも我慢することを強いられるが社会に必要な耐久力が鍛えられていく。

おふざけやイタズラ、ちょっとした意地悪心・・兄弟間じゃからこそ許されることもあるじゃろうて。

それに目くじら立てたり、裁判官のように〝どっちが悪い!?〟と白黒つけようと干渉して成敗や罰を与えるのは避けよう。

「〇君がぁ~」と訴えてきたら「そんなことしちゃダメじゃないの!なんでそんな意地悪するの!?」などと代弁せず、「そう嫌だったね」などまずは気持ちは汲み、ヨシヨシしてから「〝やめて〟〝おもちゃ返して〟〝すごく嫌な気持ちになるよ〟って言ってみたらどうかな?」と『相手に気持ちを伝える事』を提案し、干渉を極力避けよう。

じゃが、程度にかかわらず、叩いたり蹴ったりしたときは絶対に見逃さない。

わしは〝痛い思いはしてみないとわからない〟という考え方に賛成はできん。

少々じゃったら良いとも思わん。

怒りや制裁の暴力から〝痛み〟を学ぶ必要はない。

自然に生きておれば嫌でも〝痛い〟を学ぶ。

こけたり、打ったり、自分の不注意から痛い思いをしてはたくさん泣いて育つんじゃ。

それで充分、他人が体に衝撃を受けたときにどんな痛みが伴うか想像できる。

すぐに叩きあいを止めるのは痛い思いをさせている側のためでもあるし、痛い思いをさせられている側のためでもある。

学ばせるべきはまずは思いやりや愛情なのじゃ。

〝痛いだろうな〟〝可哀そうに〟と他人の痛みを直感的に感じられる子を育てたい。

自分を大事にしてもらっている子は他人を大事にする心の余裕を持てる。

じゃが、自分の痛みを放置された子は「それぐらいなんだ。僕の方がもっと痛い思いをしたことがある」などと常に自分中心に考える思考になってしまいがちじゃ。

例えば兄が弟を叩いているのをみたとき。

少し慌て気味に『だめだめ。〇〇君(弟)が痛いからやめて。お母さんは大事な〇○君が痛い思いをしたらすごく嫌。』とすぐに駆け寄って弟の痛いところをナデナデしよう。

もしも、そのときに兄が「だって、〇〇君が先に叩いてきたんやもん」と言ったら「どこどこ?!可哀そうに。○君(兄)痛かったねぇ。」と少し大げさに心配して兄が叩かれたというところをなでなでしながら「〇〇〇君、大事な〇君を叩かんといて。」とまじめな顔して少しゆっくりした口調で少し厳しめに言おう。

早口で言っちゃいかんぞ。

ヒステリックになることを学ばせることはマイナスじゃ。

また、こどもに反省を促すにはきつくなりすぎてはいかんのじゃ。

頭ごなしに叱りつけるのではなく、どんな時も反論の余地を少し残しておく程度がこどもの器を大きく育てるコツである。

わざとじゃないときや、こどもが「わざとじゃないもん」と言ったときはどうするか。

それはまた今度お話しするとしようかの。