第27回  褒めるところしか見つからない!

子育てゼミナール

ぬほほほほ。みなさんこんにちは。
みなさんに魔法の言葉を教えよう。

「 褒めるところしかみつからない 」

毎日毎日、言ってみておくれ。こどもはどんどん成長していくぞよ。

もしも、こどもが 「 褒めるところがない 」 などと言われて帰ってきたら

「あら、そう?不思議だねぇ。褒めるところしかないのに。」

と目を丸くし、笑顔で言ってのけよう。

そしてギュッと抱きしめてから「 そのときのことを教えてくれる? 」と優しく言う。

こどもが話し始めたら「 うんうん 」とまじめな表情で口を挟まず聴ききろう。

言った人間に敵意を持たず、こどもへの先入観を持たず、中立で客観的な立場から、言った大人側の理屈や状況をこどもの話から冷静に把握する。

その内容によっては

「 そうか。それはしちゃいけなかったね。 」
「 おかあさんもそれは〇〇君が間違っていると思う。 」

とその事柄に関して 〝 いけないことだ 〟 と大真面目に厳しい顔でキッパリ伝えよう。

眉間にしわを寄せ、鬼の形相をするのではないぞよ。

「じゃあ言われても仕方がないね」は呪いの言葉。

普通の人間関係ならばよほどのことがない限り、事柄に関して否定することはあっても人格そのものを否定するようなことはまずない。

こどもは日々の積み重ねで善悪や道徳、社会のルールを学ぶ人格訓練生。

教えられてはまた間違いもするが徐々に善悪の判断において自己コントロールが上手になる。

例えば学生は回答をはねられても、似た問題を何度も解くことによって様々な応用問題を解けるようになり、さらなる難しい問題にトライする訓練によって正解を素早く導き出せるようになる。

大人も仕事の新人時代はミスを繰り返すが仕事のマニュアル、ときに臨機応変の経験を積み、極意を得てベテランとなる。

養育者はこどもがであう最初の教科書。

世渡りの術を知る虎の巻。算数初心者が1+1を1と出した時、怒鳴るか?責めるか?叩くか?

ほとんどの人はいずれもしないじゃろうが、もし鬼の形相が続いたら、こどもは正解を導き出す術を探る前に『鬼をかわすための術』を考える。

『 算数には手を付けないが他のことなら頑張るよの姿勢で養育者の目を違う方にそらすの術 』
『 勉強嫌いキャラを演じるの術』
『 体調不良だよの術 』
『 難しい問題には手を付けず簡単な問題の量をこなし、養育者の目をごまかすの術 』
『 とりあえず机の前に長時間座り〝 結果がすべてではないから 〟と安心納得させるの術 』
または『 〝 努力する過程が大事だから 〟と諦めさせるの術 』など。

どれも 『 自分の能力や、忍耐力、我漫と戦う力 』 などと向き合う前に大人の顔色に無駄なエネルギーを消費する小手先の技。

中には恫喝されて燃える子もおるかもしれんがの、それで能力が引き出せるとしてもわしはお勧めせんなぁ。

できることなら養育者はこどもが自分のエネルギーを自分のために燃焼させ、価値観や道徳観、倫理観や方向性を導き出していくための土壌、心の安全基地であってほしい。

こども自身が意欲エネルギーを自分で生産できるようになるためのココロン博士子育ての術 『 叩かんこと 』 『 ヒステリックにならんこと 』 『 呪いの言葉をかけんこと 』。

わしはみなさんに「ヌワァー!!」と念じておるぞよ。

ぬほほほほ。