第10回 のののノンアサーティブ

第10回 のののノンアサーティブ

ぬほほほほ。みなさん、こんにちは!

楽しみにしてくれとったかの?今回は前回のアサーティブの続き、ノンアサーティブについてじゃ。

ノンアサーティブとは 「自己表現しない」 という姿勢のこと。

たとえば、こどもが 「明日、友達が来るからクッキー焼いておいてね!」 と言ったとする。そのとき、自分は心の中で〝明日は忙しいし、それに面倒だな・・〟と思った。

アグレッシブなら、 「 明日忙しいし、面倒だから、市販のもので上等!」 などとこどもに有無を言わさず自分の都合を言うだろう。

アサーティブなら、 「明日は忙しいんだぁ。それにちょっと大変だなぁと思うから、手作りではないけど、クッキー買ってきてもいいかな?」 または、 「手作りクッキーは手がかかるからホットケーキでもいいかな?」 などと、自分の気持ちを伝えつつ、こどもの気持ちと自分の気持ちの折り合いの付くところを探るべく、妥協案を提案してみるだろう。

では、ノンアサーティブはどうか? 「うん、わかった。」 または、 「・・・(無言)」 と簡単に同意や妥協をしてしまったり、返事をしないというような態度をとってしまう。

これだと、こどもに自分の気持ちや感情は伝わらない。このようなことの積み重ねで、こどもは未熟であるから当然、だんだんと〝人は思い通りになる〟と無意識に思いこむようになり、意味もなく、尊大になってしまう。

そうなったこどもは、大きくになるにつれ、共感性や協調性に欠け、人間関係をうまく築けず、苦しむことになる。また、自己表現しない養育者に対し、何を考えているかわからないといった不安を抱いたり、顔色を窺って本音を探ろうとすることに神経を費やすようになることもある。

そうなると、こども自身も他人との距離感をつかめなくなるし、自己表現の方法も養育者の姿から学習できないため、大変、人間関係を億劫に苦痛に感じるようになる。

行き過ぎた、謙虚や遠慮、我慢が身に染み着いてしまうんじゃなぁ。

〝自分の扱い方を他人に教えているのは自分なのだ〟と養育者自身が意識し、こどもに対する普段の接し方から〝人生を生きやすくするための対人関係力〟をつけさせ、こどもに人生を生きやすく生きる術を伝授してやってくれ。

決して、しつけで教え込めるものではなく、教科書で学ばせられるものでもなく、自然体の中で、養育者の自己表現から、こどもの人生の生きやすさ、生きづらさは大きく分岐するのである。

この重要性に、さてさて、気づきをもってもらえたら・・うぉっほぉほぉほぉ、わしはこのうえなく、嬉しいのぉ